『新人介護士あかりの奮闘記』第三話【入浴介助の危険性】

スカッとする話

【前回のあらすじ】
高校を卒業したばかりの新人介護士・あかりは、希望に満ちて特別養護老人ホーム「笑顔の花」の門をくぐった。しかし、親分肌の先輩・山田さんと子分的存在の小島さんに出会い、初日から厳しい洗礼を浴びる。初めて担当した入所者・田中さんとの温かい交流に心が救われるも、食事介助で山田さんから厳しく叱責され、理想と現実のギャップに戸惑いを隠せないでいた。

あかりは少しだけ早く出勤した。 「おはようございます!」 昨日よりも大きな声で挨拶をすると、山田さんの鋭い視線が飛んできた。
「気合い入れてるつもり?その調子で今日もモタモタしないことだね」 山田さんの言葉に、あかりは思わず肩をすくめた。 小島さんが横からニヤニヤと笑っている。 「頑張ってね、新人ちゃん。今日は朝のレクリエーションの手伝いを宜しくね」 小島さんの言葉に、あかりは少し身構えた。

しかし、今日の仕事は意外にも順調に進んだ。 朝食の片付けを終えると、小島さんが「じゃあ、レクの準備、手伝って」と声をかけてくれた。 レクリエーションは、簡単な体操や歌を歌ったり、クイズをしたりするプログラムらしい。 あかりは、高校時代に合唱部だった経験を活かして、歌のパートを担当することになった。 入所者さんたちの前で歌うのは少し恥ずかしかったが、みんなが楽しそうに手拍子をしてくれるのを見て、あかりはだんだんと声が大きくなっていった。 「あかりさんの歌声は、まるで天使のようだね!」 入所者の鈴木さんがそう言ってくれた。 あかりは、この仕事の楽しさを少しずつ感じ始めていた。

昼休憩に入ると、あかりは山田さんに話しかけられた。 「歌、上手いじゃないか。入所者さんたちも喜んでたよ」 その言葉に、あかりは驚いて顔を上げた。 山田さんの口から、褒め言葉が出るとは思っていなかったからだ。 「ありがとうございます!」 「別に、あなたを褒めたわけじゃない。入所者さんが喜んでくれたから、それでいいんだよ」 そう言って、山田さんは背中を向けた。 あかりは、山田さんの言葉の裏にある優しさを感じ、少しだけ心が温かくなった。

午後の業務が始まり、あかりは山田さんから、入浴介助の補助を頼まれた。 「いいかい、あかり。入浴介助は、利用者の安全が第一だ。絶対に目を離すんじゃないよ」 山田さんの厳しい言葉に、あかりは緊張した。 入浴介助は、これまで経験したことのない仕事だ。 山田さんから手順を教えてもらい、まずは田中さんの入浴介助から始めることになった。

田中さんは、あかりの顔を見るなり、「まあ、あかりちゃん。また会えたね!」と笑顔で迎えてくれた。 その笑顔に、あかりは少しだけ緊張が和らいだ。 山田さんの指示通りに、田中さんの服を脱がせ、浴槽にゆっくりと入ってもらう。 田中さんは気持ちよさそうに目を閉じ、「ああ、極楽極楽」とつぶやいた。 あかりは、そんな田中さんの姿を見て、心からこの仕事にやりがいを感じた。 しかし、その時、あかりの不注意が招いた悲劇が起こってしまった。

田中さんが立ち上がろうとした拍子に、バランスを崩してしまったのだ。 あかりは慌てて田中さんの体を支えようとしたが、滑ってしまい、田中さんはお湯の中に沈みかけてしまった。 「危ない!」 山田さんの鋭い声が響き、山田さんは素早く田中さんの体を支え、事故を未然に防いでくれた。 「新人! 何やってるんだ!」 山田さんの怒鳴り声が、浴室中に響き渡った。 「田中さん、大丈夫ですか?」 あかりは、ただただ田中さんの安否を心配することしかできなかった。 田中さんは、少し驚いた様子だったが、「大丈夫だよ、あかりちゃん。山田さんがいてくれてよかったね」と、あかりをかばうように言ってくれた。

山田さんは、あかりを睨みつけ、こう言い放った。 「あんた、本当に介護士になる気があるのか? 命を預かっているんだよ。こんな簡単なミス一つで、利用者の命が危険にさらされるんだよ。反省しろ!」 あかりは、山田さんの言葉に何も言い返すことができなかった。 自分の不注意で、田中さんを危険な目に遭わせてしまった。 あかりは、ただただ自分の不甲斐なさに、涙があふれてきた。

その日の業務が終わり、あかりは更衣室で一人、涙をこぼしていた。 「あかりちゃん、大丈夫?」 優しい声が聞こえ、顔を上げると、そこには同期のゆいが立っていた。 ゆいは、あかりと同じく高校を卒業したばかりで、いつも明るく元気な女の子だ。 「今日の入浴介助、見てたんだ。山田さん、ちょっと言い方がきつかったね」 ゆいは、あかりの肩を優しく叩いてくれた。 「私、全然ダメで……。田中さんを危険な目に遭わせちゃって……」 「初めてなんだから、失敗して当たり前だよ。私も昨日、食事介助でやっちゃったし。でも、失敗から学んで、次に活かせばいいんだよ」 ゆいの言葉に、あかりは少しだけ元気を取り戻した。

「でも、山田さんに嫌われちゃったかな……」 「そんなことないよ! 山田さん、口は悪いけど、本当はいい人なんだって。私も入浴介助の時、すごく丁寧に教えてくれたし。もしかしたら、あかりちゃんを心配して、あんな言い方になったのかも」 ゆいの言葉に、あかりは山田さんのことを少しだけ見直した。 もしかしたら、山田さんの厳しさは、私を思ってのことなのかもしれない。

あかりは、ゆいと一緒に更衣室を出ると、山田さんが一人で掃除をしている姿を見つけた。 「お先に失礼します!」 あかりが挨拶をすると、山田さんは振り返りもせず、「お疲れ様・・・」とだけ返事をした。 あかりは、山田さんに嫌われてしまったことを確信した。

その夜、あかりは部屋で一人、今日の出来事を思い出していた。 田中さんを危険な目に遭わせてしまったこと、山田さんに厳しく叱責されたこと、そしてゆいの優しさ。 あかりは、改めて介護という仕事の重みを感じた。 人の命を預かる、責任のある仕事。 少しの不注意が、大きな事故につながる。 「こんな簡単なミスもできないようじゃ、介護士失格だ……」 あかりは、自分を責め、もうこの仕事を辞めてしまおうかとさえ思った。

しかし、その時、田中さんの笑顔が頭に浮かんだ。 「あかりちゃんの歌声は、まるで天使のようだね!」 「大丈夫だよ、あかりちゃん。山田さんがいてくれてよかったね」 田中さんの優しい言葉が、あかりの心に温かく響いた。 あかりは、田中さんの笑顔を守りたい。 その一心で、あかりは再び前を向くことができた。 「頑張ろう。絶対、一人前の介護士になるんだ!」 あかりは、そう心に誓い、明日も「笑顔の花」の門をくぐることを決意した。

つづく

🟢 主人公

中村 あかり(なかむら あかり)

  • 18歳・高校卒業したての新人介護士明るく素直で笑顔が魅力。
  • 少し不器用だけど「人の役に立ちたい」という気持ちは人一倍強い
  • 祖母の影響で介護の道に進む

🟣 先輩職員

山田 典子(やまだ のりこ)

  • 40代前半、ベテラン介護士
  • 職場では親分肌だが、新人に厳しい態度をとる

小島 健太(こじま けんた)

  • 30代半ば、山田の右腕的存在
  • 山田に従って新人いびりをする

伊藤 ゆい

  • あかりの理解者であり、心の支え あかりと同じく高校を卒業したばかりで、新人ならではの失敗や不安を共有できる唯一の存在

🔵 上司

佐藤 誠一(さとう せいいち)

  • 50代、施設の管理者
  • 現場の問題にはあまり首を突っ込まないタイプ

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