高校を卒業したばかりの新人介護士・あかりは、希望に満ちて特別養護老人ホーム「笑顔の花」の門をくぐった。しかし、親分肌の先輩・山田さんと子分的存在の小島さんに出会い、初日から厳しい洗礼を浴びる。初めて担当した入所者・田中さんとの温かい交流に心が救われるも、入浴介助での不注意から事故を起こしかけ、山田さんから厳しく叱責されてしまう。自分の不甲斐なさに落ち込むあかりだったが、同期の佐藤ゆい(ゆいちゃん)の励ましと、田中さんの笑顔を思い出し、再び前を向くことを誓う。
その日の朝は、いつもと空気が違った。出勤のため「笑顔の花」の通用口をくぐると、いつもなら聞こえてくるはずの穏やかなBGMが消え、代わりに職員たちの慌ただしい足音と、緊迫した話し声が聞こえてくる。 「発熱は何度だった?」「隔離はもう終わったの?」「応援スタッフは手配できたの?」 あかりは、何が起こっているのか分からず、ただ立ち尽くしていた。
「あかりちゃん!」
背後から声がして振り向くと、同期のゆいちゃんが顔を青ざめさせて立っていた。 「どうしたの? みんなすごく焦ってるみたいだけど…」 あかりの問いに、ゆいちゃんは震える声で答えた。 「利用者さんの一人から、陽性反応が出たみたい…。どうしよう、私、何も知らないよ…」
パニックの朝
朝の申し送り室に入ると、そこは完全に戦場だった。いつもは穏やかな表情の上司・佐藤さんが、厳しい顔つきでスタッフに指示を飛ばしている。 「山田、隔離スペースの準備は急いでくれ。小島、濃厚接触者のリストアップと健康観察。他の者は、通常業務をしながら、とにかく手洗いうがいとマスク交換を徹底して!」 山田さんと小島さんも、いつものような張り詰めた空気ではなく、顔には焦りの色が浮かんでいる。 あかりとゆいちゃんは、ただオロオロするばかりで、どうしていいかわからなかった。
そんなあかりに、山田さんの鋭い声が飛んできた。 「新人、ぼさっとしてないで! あんた、コロナ対策のマニュアルは頭に入っているわね?」 あかりは反射的に背筋を伸ばし、「はい!」と答えた。 「じゃあ、この防護服を着用して、隔離スペースに食器を運んでくれる? 感染リスクが高い場所だから、慎重に、テキパキと動くのよ!」 山田さんの口調は厳しいが、その言葉にはどこか、あかりへの信頼が込められているような気がした。
知識と現実のギャップ
あかりは、言われた通りに手袋とエプロン、フェイスシールドを身につける。施設に入職する前、自宅で何度もコロナ対策の動画を見て、頭の中では完璧に手順を把握していたはずだった。しかし、いざ本番となると、手は震え、心臓はバクバクと音を立てる。 (落ち着いて…落ち着いて…) 防護服は想像以上に動きにくく、息苦しい。視界も狭くなり、足元がおぼつかない。 「あかりちゃん、大丈夫?」 ゆいちゃんが心配そうに声をかけてくれた。 「うん、大丈夫だよ。ありがとう!」 あかりは、ゆいちゃんに笑顔を見せて、精一杯の強がりを言った。

隔離スペースへと向かう廊下を、慎重に歩いていく。すると、向こうから小島さんが慌てた様子で走ってきた。 「あかりちゃん! 早くしてよ! 食事の時間が遅れると、利用者さんが怒っちゃうんだから!」 小島さんの言葉に、あかりは焦ってしまい、足がもつれてしまった。 危うく持っていた食器を落としそうになり、なんとか踏ん張る。
「あーあ、新人ちゃん、やっぱりダメだね。こんな時でもモタモタしてさ」
小島さんは、あかりのすぐ横を通り過ぎながら、わざとらしく大きな声で言った。 あかりは、何も言い返すことができなかった。 (小島さんに言われる通りだ…。勉強したのに、ちっとも役に立ててない…) 悔しさと情けなさで、あかりの目に涙がにじんだ。

続く新人いびり
なんとか隔離スペースに食器を運び終え、あかりはほっと一息ついた。 しかし、その日の業務は、ずっと小島さんの監視下にあるようだった。
「あかりちゃん、その消毒液の使い方は違うよ。こっちのほうが効率がいいって、言ったよね?」 「そのタオル、たたみ方が甘いんじゃない? 山田さんに見つかったら、また怒られるよ」
小島さんは、あかりの行動一つ一つにケチをつけ、小さなミスを見つけては、ネチネチと小言を言い続けた。山田さんは、その様子に気づいているのかいないのか、何も言わない。
(やっぱり、山田さんも小島さんと一緒で、私をいじめてるんだ…)
あかりは、自分の居場所がないような孤独感に苛まれた。
同僚の温かい支え
昼休憩に入ると、あかりは一人で休憩室の隅に座っていた。 「あかりちゃん、お疲れ様。大丈夫?」 ゆいちゃんが、温かいお茶を持ってきてくれた。 「うん…大丈夫だよ。でも、私、全然ダメだね…」 あかりは、声を震わせながら言った。
「そんなことないよ! 私も朝からずっとパニックだったもん。山田さんの指示も、何言ってるのか全然わからなかったし…」 ゆいちゃんはそう言って、自分の失敗談を話し始めた。 「でもさ、私たちがダメなのは、経験がないから当たり前なんだって。落ち込んでる時間があったら、今できることをやればいいんだよ!」

ゆいちゃんの言葉に、あかりはハッとした。 (そうだ、ここで落ち込んでいても何も始まらない。経験がないなら、これから経験を積んでいけばいいんだ)
あかりは、ゆいちゃんにお礼を言うと、再び顔を上げた。 午後の業務に戻ると、あかりは積極的に先輩たちに声をかけた。 「〇〇の備品は、どこにありますか?」 「〇〇の消毒方法は、どうすればいいですか?」 分からないことはすぐに聞き、一つ一つ丁寧に仕事をこなしていった。
その日の業務が終わり、あかりはへとへとになっていた。しかし、心は満たされていた。 (今日は、少しだけ成長できた気がする)
帰り際、山田さんが一瞬だけ、あかりの方に目を向けた。その表情は、どこか満足げに見えた。 (もしかして、山田さん、私のことを見てくれてたのかな…?) あかりは、明日も頑張ろうと心に誓った。
つづく
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